先日のハロコン@横アリで買ってきたグッズの1つ
「ハロー!プロジェクト DVDマガジン Vol.14」
を昨日見ました。
これ、ステージ裏や写真撮影風景を録ったものなんです。
多分ヲタ以外は楽しめないであろうグダグダ感がタマランのですがw
で、今回のVol.14.前回までとチト違います。
この「ハロプロDVDマガジン」は全巻持ってる訳じゃないんで、
もしかしたら少し前からそうなのしれませんが・・・・
最近のバラエティー番組同様、字幕が入るんですわ。
メンバーが喋ってる時にね、その喋ってる内容を字幕で流すんですわ。
・・・・・ウゼェ。すんげぇウゼェ。
なんでこんな事するんでしょうね?
バラエティー番組も、ニュースも、
最悪だとお笑いのネタ番組で、ネタに字幕入れてますよね。
もう、訳分からんのですよ、このセンスと言うか何と言うか。
放送に携わってる連中が、これを愚行だと思わないのが不思議で仕方ないんですわ。
1人で喋ってる時も、複数で話してる時も、
その言葉の内容だけがデータとして伝わるわけじゃ無い。
息遣いとか、間とか、数値に置き換えられない絶妙なタイミングとか、
抑揚とか、その場の空気や雰囲気とか、
そんなのも含めて『言葉』なんです。
これはね、五感で受け取るものなのですよ。
『言霊』は、読むものでも聞くものでもなく、感じるものなんです。
小説を読んで何かを感じてる時は、他所の視界や聴覚からの情報は欲しくない。
それだけ文字を読むという行為には集中力を要します。
目の前に字幕出されたら、知らず知らずのうちにそっちに集中してしまうんです。
人は、目から入った情報に無意識のうちに優先順位を付けます。
そして新しい情報ほど、その優先順位は上位に来ます。
例えば、テレビで誰かが話しているのを聞いてる(見てる)とき、
そこに途中から字幕が入ってくれば、そこに意識が向くわけです。
その瞬間、
「聞いて感じる」から
「読んで理解する」に脳の働きが切り替わるんです。
「聞く」「見る」に必要とされる心的準備(意識)と、
「読む」に必要とされるそれは、別物なんです。
同じ内容、例えば愛の告白だって、
会って話すのと、電話で話すのと、メールで読むのと、
受け取り方が違ってくるでしょ?
話してる言葉は聞くべきもの。読むべきものじゃない。
最近の歌番組、歌詞を字幕で出しますよね。
あれも愚の骨頂。
同じ内容を伝えるにしても、
メロディーに乗せて伝えたい時と活字で伝えたい時とでは
言葉の選択は変わるべきなんです。
「詞」と「詩」は違う。
詞先で作ろうと曲先で作ろうと、
『歌』として伝えようとしてるんですから。
メロディーに乗って初めて作品ですから。
確かに、活字で読んでも素晴らしい歌詞は沢山あります。
が、最近は活字で読まなきゃ良さが伝わらない歌詞も沢山あります。
文字で読まれることを前提に作ってるんですね。
言葉そのものが持ってるメロディー。それをいかに生かすか。
インパクトがあるメロディーに、いかに印象的な歌詞を乗せるか。
小節単位での緻密な計算や勝負が見えない曲が多すぎる。
これって「どうせテレビでもカラオケでも読んでもらえるから」
って甘えの結果だと思うんですが。
バラエティー番組もね、
たいした技量も無い連中が騒いでるだけで番組になっちゃう現状ってのは
結局、「息」とか「間」とか関係無しに言葉の内容だけをストレートに伝えてもらってる御蔭なんですよ。
こんな現状に慣らされたら、ホントみんなバカになりますよ。
そりゃコミュニケーションとれん人間が増えますよ。
最近マジで、テレビの下の方5cmくらいを隠そうかと思ってます。
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